読売新聞夕刊に記事掲載:4月14日,21日,28日,5月5日

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一病息災:ジストニア(1)留学先 右手の指に異変

3月11日、東北地方などを巨大地震と大津波が襲った。その翌日、兵庫県西宮市の甲東教会で、祈りのピアノを奏でた。

 右手は太ももの上に置いたまま。左手だけが、独立した生き物のようになめらかに鍵盤の上を踊る。

 この教会で初めて演奏したのは、コンサート活動を始めて間もない4年前。阪神大震災の追悼チャリティー演奏会だった。

 以来、ずっと支えてくれた人たちが、この日も教会を埋めた。彼らはみな、阪神大震災で被災した経験がある。家族を失った人もいる。絶望のふちから立ち上がり、深化した智内のピアノに、共感を抱く人たちだ。

 教会に響くバッハ、スクリャービン、サンサーンス。一音ごとに被災地再生の願いをこめた。演奏の途中、様々な記憶が脳裏を巡った。

 幼少期から、ピアノの英才教育を受けた。東京音楽大を卒業し、ドイツのハノーバー音楽大に留学。国際コンクールで入賞を重ね、前途を嘱望された。

 右手に異変が表れたのは、留学2年目の2001年。親指を動かそうとすると、筋肉に過剰な力が入り、自由が利かなくなった。

 ほかの指でカバーしながらレッスンを続けたが、間もなく、人さし指にも症状が表れた。半年後には、右手を動かそうとするとすべての指が硬直して内側に折れ曲がった。ドレミさえも弾けなくなった。

(2011年4月14日 読売新聞)


一病息災:ジストニア(2)大学休学 リハビリに専念

 留学先のドイツ・ハノーバー音楽大には、音楽家の病気を専門に扱う医療機関があった。そこでジストニアと診断された。

 ジストニアは、腕や首、顔、背中などの筋肉に、自分の意思とは関係なく硬直が起こる病気だ。脳の神経回路の機能異常で起こると考えられ、ピアニストや理容師など、同じ動作を繰り返す職業で起こりやすい。

 ピアニストの場合、ピアノを弾こうとすると、指や手首が硬直して曲がり、演奏ができなくなる。発症にはストレスも関係すると考えられている。

 硬直する筋肉にボツリヌス毒素を注射し、緩める治療が一般的だが、腕には使いにくく完治も望みにくい。「治したい」。その一心で大学を休学し、音楽家向けのリハビリを受けた。

 手指の硬直は、前腕の筋肉の一部が意に反して硬直することで、引き起こされる。そこで、ピアノを弾く動作を繰り返しながら、硬直する筋肉を確認する。

 続いて、原因の筋肉を意識しながら、そこが硬直しない弾き方をあみ出していく。「手や指が重みで自然に落ちるように鍵盤を押し下げると、過剰な硬直が抑えられる」と分かった。ピアノを弾けるようになるまで、2年かかった。

 だが、待っていたのは思いも寄らぬ絶望だった。「ピアノは弾けても、プロのレベルにはほど遠い状態」だったのだ。

(2011年4月21日 読売新聞)